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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)174号 判決 1991年5月31日

アメリカ合衆国

カルフォルニア州キャマリロ ネイトリー ウエイ九六

上告人

イワン・E・モドロビッチ

右訴訟代理人弁理士

新実健郎

村田紀子

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第四四号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年四月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人新実健郎、同村田紀子の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 木崎良平)

(平成二年(行ツ)第一七四号 上告人 イワン・E・モドロビッチ)

上告代理人新実健郎、同村田紀子の上告理由

原判決には、左記の三点において、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があるから、破棄を免れないものである。

(1) 原判決は、原告の重要なる主張事項につき、判断を遺脱し、また唯一の証拠方法を採用しなかった違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(2) 原判決は、判決に影響を及ぼすべき重要なる事項を、原判決挙示の証拠に照らして到底正当と是認することができない、単なる推定に基づき認定しているものであり、自然法則及び採証の法則に違背する違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(3) 原判決は、成立に争いのない書証に、原判決の認定事実と相容れない記載があるにもかかわらず、これをなんら顧慮せず判断の資料としていないものであり、採証の法則に違背した違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

上告理由第一点について

一、原判決においては、「本願第一発明は引用例に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定および判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない」と判断している(原判決第一七丁裏第四~七行)が、かかる判断をするに当たっては、本願発明及び引用例記載の発明のそれぞれについて、発明の目的、構成及び作用効果を慎重に審理されなければならない。そこで、本願発明について述べると次の通りである。

(一)本願発明の目的は、引用例に示されるような凍結乾燥法による酵素試験試薬の問題点を解決し、レービル酵素(すなわち不安定酵素)を「製造、包装、貯蔵及び使用」のすべてを通じて品質を保証できる液状酵素試薬組成物として提供することであり〔甲第三号証(特公昭六一-一七四六六号公報)第三欄~第四欄、原判決第一一丁表第三行~第一二丁表第一行参照〕、

(二)本願発明は、甲第三号証の第一欄第二~一〇行に記載する通り、

「酵素一〇〇I.U.以上、少なくも室温で液体である非反応性で水混和性の有機溶剤五%以下、及び酵素活性を抑制することなくポリマーマトリッス中に酵素を捕らえることができる水溶性ポリマー〇.〇一%以上を含有する、酵素が安定化されており、しかもビヒクル中酵素がなお活性である水性ビヒクルを含むことを特徴とする水性媒体中で不安定な酵素のための安定化された液状酵素組成物」を発明の要旨とするものであり、レービル酵素少なくとも室温で液体である非反応性で水混和性の有機溶剤で安定化した状態で特定条件下で存在させることによって、前記目的を達成しているものであり(甲第三号証第五欄第二四~三五行及び第六欄第一六~二九行参照)、

(三)かかる本願発明の液状酵素組成物は、第三号証第二欄第五~一七行及び第五欄第二四~三一行に記載されるような方法で調製されるものであり、液中に酵素を含むものでありながら、四~八℃で冷蔵貯蔵した場合、一八ヶ月以上、実用性ある範囲に酵素活性を保持しうるという特異な効果を示すものであり、本願明細書に示す実施例においても、三年間も酵素活性が実用性ある範囲に保持できることが開示されており(甲第三号証第八欄第三二~三四行参照)、このことについては、甲第六号証(イワン イー、モドロビッチの一九八九年一一月三日付供述書)においても明らかにされている〔平成一年一一月一六日付原告準備書面(第三)参照〕。

二、これに対して、引用例の例二〔甲第二号証(特公昭四九-二七七一七号公報)第四欄末行~第五欄第一一行〕には、

「グルコース測定製剤

トリエタノールアミン塩酸塩 〇.〇五〇g

炭酸ナトリウム 〇.〇二五g

NADP 〇.〇五〇g

アデノシン-5'-三燐酸 〇.〇五〇g

ポリビニルピロリドン 一.〇g

ヘキソキナーゼ 〇.〇〇五g

グルコース-六-リン酸デヒドロゲナーゼ 〇.〇〇五g

血清アルブミン 〇.三〇〇g

例一に記載した様に後処理する。」

と記載されるものであり、ここに記載される例一の後処理とは、

「蒸溜水で九〇ml中に溶解し、pH値を希苛性ソーダ溶液で七.六に調整する。次にこの溶液を蒸留水で一〇〇mlにし、引続き凍結させて凍結乾燥する」

ということを示すものであり、かかる引用例の例二の記載は、凍結乾燥によって粉末状の固体組成物として酵素を安定化する酵素試験試薬の製法に関するものであり、ここで使用される成分には、左記の如く、水以外に、常温で液体である溶剤成分は何も使用されておらず、有機溶剤の使用を示唆する記載は全くなく、また、液状で酵素組成物を安定化しうるということを示唆する記載も存在しない。

トリエタノールアミン塩酸塩―常温で固体の物質(融点一七七℃)

炭酸ナトリウム ―無機塩

NADP ―助酵素

アデノシン-5'-三燐酸 ―補酵素

ポリビニルピロリドン ―固体の高分子物質

ヘキソキナーゼ ―酵素

グルコース-六-リン酸デヒドロゲナーゼ―酵素

血清アルブミン ―タンパク質

蒸溜水 ―水

希苛性ソーダ溶液 ―無機塩の水溶液

三、従って、引用例の例二において「トリエタノールアミン塩酸塩」が固体状で酵素等に配合使用されているということを無視して、後知恵的になされた、審決第三頁第一二行~第四頁末行に記載された、本願発明と引用例記載の発明の一致点及び相違点の認定について、原告は、

(1) トリエタノールアミン塩酸塩はpH七.六の液状組成物中で、トリエタノールアミンとして存在するものではないこと、

(2) トリエタノールアミン塩酸塩は、室温で液体である非反応性で水混和性の有機溶剤に該当しないこと、

(3) 本願発明の液状組成物は主として凍結保存用に使用されるものではなぐ、液状で安定に保存されるものであること、

の三点において争いがあると主張し〔平成元年五月三一日付原告準備書面(第一)第四頁第一二行~第五頁第七行参照〕、更に、審決第五頁第一行~第一四行に記載の本願発明と引用例記載の発明の相違点に関する認定について、原告は、次の相違点を相違点と認めていないのは不当であると主張したのである〔平成元年五月三一日付の原告準備書面(第一)の第五頁第八行~第九行、及び第八頁第一〇行~第一一頁第三行参照〕。

(1) 本願発明は、酵素を安定化し、ビヒクル中酵素がなお活性である水性ビヒクルを含む液状組成物として提供するのに対して、引用例では、凍結乾燥による粉末状の固体組成物として酵素を安定化している。

(2) 本願発明では、「少なくとも室温で液体である非反応性で水混和性の有機溶媒」の使用を必須とするのに対して、引用例では、このような有機溶媒を使用していない。

四、しかるに、原判決は、引用例において使用される「トリエタノールアミン塩酸塩」が、前述の如く、固体の状態で酵素等と配合使用されていることについては、全く判断することなく、トリエタノールアミン塩酸塩についても、またトリエタノールアミンについても何も具体的に開示しない証拠方法である、乙第一号証(西垣貞男著「調剤学」株式会社南山堂発行)第二一一頁、及び、乙第二号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典1」共立出版株式会社発行)第三一二頁の記載に基づいて、審決の「トリエタノールアミン塩酸塩は、PH七.六の液状組成物中においてはトリエタノールアミンとして存在する」との認定を理論的に正当であると認定し(原判決第一四丁表第九行~第一五丁表第一行)、その上で、やはり引用例の記載とは関係のない証拠方法である、甲第四号証(THE MERCK INDEX第一〇七二頁)にトリエタノールアミンの用

途の一つとして「カゼイン用の溶媒」の記載があるということに基づいて、カゼインは蛋白質の一種であるが、酵素も蛋白質の一種であるので、「カゼイン用の溶媒」は酵素の溶媒として使用できると解されるという、飛躍した、技術常識的に不当な判断をして、「審決の一致点の認定に誤りはない」と結論づけたものである(原判決第一五丁表第二行~裏第一〇行)。

五、かかる原判決の認定は、原告の「引用例の例二で使用されるトリエタノールアミン塩酸塩は、・・・融点一七七℃を有する常温で固体の物質であり、常温で液体である有機溶媒して使用できるものではない」との主張〔平成元年五月三一日付原告準備書面(第一)第一一頁第四~八行参照)、及び、「本願発明は、引用例の如く凍結乾燥によって得られる酵素組成物の欠点を解消するために開発されたものであり、本願発明の組成物は液状で安定に保存されるものであり・・・凍結乾燥して粉末状の固形組成物として保存される引用例の組成物とは本質的に異なるものである」との主張〔平成元年五月三一日付原告準備書面(第一)第一二頁第一~五行参照)、及び、「塩基性の強いトリエタノールアミンは、生化学試薬において、緩衝剤として使用されることはあっても、溶剤として使用されるものではない」との主張〔平成二年一月一九日付原告準備書面(第五)第三頁第四~五行参照)を慎重に審理判断しなかったために生じたものである。

六、なお、原判決では、「トリエタノールアミン塩酸塩を水に溶解したとき、生じたトリエタノールアンモニウムイオンの一部がトリエタノールアミンを生成する可能性があることは原告も認めるところである」(原判決第一四丁裏第一~四行)として、原告が「トリエタノールアミン塩酸塩」が、引用例の例二のPH七.六の液状組成物において、トリエタノールアミンとして存在したことを認めたかのように認定しているが、原告は、「トリエタノールアミン塩酸塩を水に溶解した場合、生じたトリエタノールアンモニウムイオンの一部が、苛性ソーダの添加により、トリエタノールアミンになる可能性はあるかもしれないが、pH七.六の溶液中においてトリエタノールアミン塩酸塩がどのような状態で存在するかは、溶液中に存在する他の成分の種類、量及びトリエタノールアミン塩酸塩の解離定数、溶液温度などを全て勘案しなければ、特定できないことである」〔平成一年一二月一一日付原告準備書面(第四)第二頁参照〕と陳述した処からも明らかなように、トリエタノールアミン塩酸塩を水に溶解したとき、生じたトリエタノールアンモニウムイオンの一部がトリエタノールアミンを生成する可能性があることを認めただけであり、引用例の例二における液状組成物におけるトリエタノールアミンの存在について蓋然性を認めたものではない。ここにおいても、原判決は、原告の主張を十分審理判断していない違法がある。

七、更に、原判決では、原告の「トリエタノールアミンは、生化学試薬において、緩衝剤として使用されることはあったも、溶剤として使用されるものではない」との主張に対して、このことが明らかにされている甲第七号証(特開昭五一-一三〇五二一号公報)について、全く判断することなく、前述の如く、引用例とも本願発明とも全く関係のない「カゼインの溶媒」にトリエタノールアミンが使用可能であるということに基づいて、技術常識的に不当な飛躍した判断で、「トリエタノールアミンが有機緩衝剤としてのみ使用され有機溶剤として使用されていないと解しなければならない理由は存しない」と認定しているのである。

八、甲第七号証は、酵素試薬の一種である「還元されたβ-ニコチンアミドーアデニンージヌクレオチドを含む試薬」の安定化に関するものであり、その第五頁右上欄には、

「特に該当する有機溶剤は単独のアルコール(例えば、メタノール、エチレングリコール)又はアルコール類の混合物である。

さらに、有機溶剤は、例えば有機緩衝剤または有機還元性物質のような、付加的な添加剤を含有することができる。有機緩衝剤としては、トリスー緩衝剤〔トリスー(ヒドロキシメチル)-アミノメタン〕またはトリエタノールアミンが特に適している。」

として、酵素試薬において、アルコール類は有機溶剤として使用できるが、トリエタノールアミンは、有機溶剤としてではなく、有機緩衝剤として使用されることが明らかにされているのである。

九、このようにトリエタノールアミン又はトリエタノールアミン塩酸塩が酵素試薬において専ら緩衝剤として使用されることは、当業者にとって周知であり、例えば、株式会社南江堂一九八八年一一月二〇日発行の

「蛋白質・酵素の基礎実験法」(甲第八号証)第四三四頁の表Ⅶ・3に代表的な緩衝液として「トリエタノールアミン・塩酸塩」が例示されること、及び株式会社東京化学同人一九七五年九月二五日発行の「生化学実験講座5」酵素研究法(下)(甲第九号証)の第六七三頁に「割合にひんばんに使用される緩衝液」として「トリエタノールアミン」が例示され、更に同甲第九号証の第六七四頁に「トリエタノールアミン(pka=七.八六)などはPH8付近では大変すぐれた緩衝液であるが・・・」と記載され、また第六七九頁に代表的な緩衝液として二六番目に

「トリエタノールアミン・塩酸-水酸化ナトリウム緩衝液(PH六.八~八.六)」との例示が認められることからも明らかである。なお、引用例の例二の液状組成物のPH七.六は、「トリエタノールアミン・塩酸塩」が緩衝液として効果を発揮するとして示されるPH六.八~八.六の範囲に正しく含まれるものである。

一〇、なお、引用例には、有機溶剤の使用に関する記載は一切存在せず、しかも、原告が、甲第七号証に記載される如き化学法則に基づいて、引用例における酵素試験試薬の製造に必要な成分として緩衝剤すなわち

「緩衝物質」が含まれることが記載されており、緩衝物質として生化学反応の際に普通に使用される有機化合物が使用されてもよいことが記載されているのであるから、引用例の例二における「トリエタノールアミン塩酸塩」は「緩衝物質」として使用されていると考えるのが妥当であると主張した(平成二年一月一九日付原告準備書面(第五)第四頁第五行~第五頁第一〇行参照)にもかかわらず、かかる原告の主張についても何ら判断していない。

引用例記載の発明が酵素試験試薬に関するものであることを十分認識し、原告の主張を慎重に審理判断すれば、原判決において、「トリエタノールアミン」がアルコール類の一種であるかのように誤認したり、また、全く異なる性質を有する「カゼイン」と「酵素」を無理に関連づけたりして、単なる推定に基づいて、引用例で使用する「トリエタノールアミン塩酸塩」が、引用例記載の液状組成物中では、「トリエタノールアミン」となり、酵素の溶剤として機能するなどという飛躍した結論に到達するはずがないのである。

一一、更に、原判決では、原告が、審決の本願発明と引用例記載の発明の相違点に関する認定については、前述の如き、二点について相違点の認定をしていないのは不当であると主張したのに対し、十分審理判断することなく、「原告は、本願第一発明にいう「安定」と引用例記載の発明にいう「安定」は時間的な尺度を全く異にするから、引用例記載の酵素試験試薬も本願発明の液状酵素試薬組成物と同様の良好な安定性を示すとする趣旨の審決の認定判断は誤りであると主張する」(原判決第一六丁表第一~五行)として、原告が本願発明の液状酵素試薬組成物と引用例記載の凍結乾燥前の液状組成物の安定性のみを争っているかのように、判断している。

一二、しかも、原判決では、この安定性について「本願第一発明が、その要旨とする「安定」の意味を時間的な尺度をもって限定していないことは、前記の特許請求の範囲の記載からも明らかであるから、原告の右主張はただちに肯定し得ないものである。のみならず、成立に争いない甲第二号証(引用例)によれば、引用例記載の発明の例二は、「後処理」として、溶液を「凍結させて凍結乾燥する」処理を施すものであるが

(第五欄第一一行、第四欄第四一行ないし第四三行)、凍結乾燥の後処理を施す前の溶液が基本的な構成において本願第一発明の構成と全く同一であると解すべきこと審決認定のとおりである以上、引用例に記載される(凍結乾燥の後処理を施す前の)酵素試験試薬も本願第一発明の液状酵素試薬組成物と実質的に同一の安定性を有するものと推認することには十分な理由があるというべきであって、右推認は、原告が援用する甲第六号証(原告の供述書)に記載されている実施例一例のみによって左右することはできない。」(原判決第一六丁表第六行~裏第一〇行)と認定しているが、かかる認定は、本願発明の目的を全く無視してなされたものであり、しかも、前述の如く単なる推定に基づく認定から導きだされた「凍結乾燥の後処理を施す前の溶液が基本的な構成において本願第一発明の構成と全く同一であると解すべきこと審決認定のとおりである」との判断に基づいてなされたものである。

一三、本願発明の目的は、レービル酵素(すなわち不安定酵素)を「製造、包装、貯蔵及び使用」のすべてを通じて品質を保証できる液状酵素試薬組成物として提供することであることは、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されていることであり(甲第三号証第三欄~第四欄参照)、このことは原判決でも認められている(原判決第一一丁表第三行~第一二丁裏第一行)。酵素試薬組成物の「製造、包装、貯蔵及び使用」のすべてを通じて品質を保証できる期間は、少なくとも一年半程度であることは技術常識であり、本願発明の液状酵素試薬組成物が数年間も液状で酵素活性が安定な状態で保存できることは本願明細書の実施例にも示す通りである(甲第三号証第八欄第三三~三四行参照)。なお、このことについては、十分な主張をしているものであり、甲第六号証においても明らかにされていることである(平成一年一一月一六日付原告準備書面(第三)参照〕。

一四、従って、原判決における、「本願第一発明が、その要旨とする「安定」の意味を時間的な尺度をもって限定していないことは、前記の特許請求の範囲の記載からも明らかであるから、原告の右主張はただちに肯定し得ないものである」との判断は、本願発明の目的等を十分把握せずになされた、全く軽率な判断といわなければならない。

一五、本願の特許請求の範囲には、「水性媒体中で不安定な酵素のための安定化された液状酵素組成物」と記載され、発明の詳細な説明の欄には、前述の如く、本願発明における安定化の意味が発明の目的として明らかにされているものであり、しかも、本願発明において「少なくとも室温で液体である非反応性で水混和性の有機溶剤」が酵素の安定化に作用していることも、明らかにされているのであるから(甲第三号証第五欄第二四~三五行及び第六欄第一六~二九行参照)、本願発明における液状酵素組成物が、「製造、包装、貯蔵及び使用」のすべてを通じて品質を保証できる期間、安定であることは、明細書の記載から十分理解できることである。従って、原判決の右の判断も、原告の主張を十分審理判断しなかったために生じた、誤ったものといえる。

一六、また、原判決における、「凍結乾燥の後処理を施す前の溶液が基本的な構成において本願第一発明の構成と全く同一であると解すべきこと審決認定のとおりである」との認定が、不当なものであることは前述した通りであるが、更に、原判決は、本願発明の効果を明らかにし、同時に、引用例の例二において、「トリエタノールアミン塩酸塩」でなく、「トリエタノールアミン」を使用したとしても、安定な液状酵素組成物が得られないことを明らかにする唯一の証拠方法である甲第六号証(引用例の例二の記載に従って実施された実験例三では、四℃で三日間という非常に短期間で酵素活性は八〇%以上が失われ、全く実用性なきものとなることがわかる)について、何ら、それに反する確たる証拠を示すことなく、「引用例に記載される(凍結乾燥の後処理を施す前の)酵素試験試薬も本願第一発明の液状酵素試薬組成物と実質的に同一の安定性を有するものと推認することには十分な理由がある」と、甲第六号証の実験結果に反する認定をしているのである。そして、右の甲第六号証は本願発明の有用な効果ならびに引用例の効果を立証する唯一の証拠方法であり、これに反する証拠は一切存在しなかったものである。

一七、このような原判決の認定は、原告の主張する本願発明と引用例記載の発明の相違点について十分な審理判断をしなかったため、引用例の例二は「凍結乾燥法」により酵素を安定化しているものであり、固体物質である「トリエタノールアミン塩酸塩」は使用するが、水以外の溶剤は何も使用していないこと、「トリエタノールアミン」は酵素試験試薬の製造において緩衝剤として使用されるが、有機溶剤として使用されるものではないこと、及び、本願出願当時、酵素試験試薬として液状で保存できるものは製造できるとは考えられておらず、従って、問題点の多い「凍結乾燥法」がとられていたものであり、本願発明は、引用例に示されるような「凍結乾燥法」による問題点を解消することを目的として開発されたものであり、本願出願当時には存在しなかった、「有機溶剤」を使用して酵素を安定化するという技法によって、液状で、長期間、安定して酵素活性な状態で保存できる酵素試験組成物の提供を可能としたということを、全く無視して、単なる推定のみに基づいて、本願発明と引用例記載の発明の相違点について、判断しているものである。

一八、従って、原判決において、原告の主張する本願発明と引用例記載の発明の相違点について、本願発明および引用例の効果について唯一の証拠方法である甲第六号証を勘案して、十分なる審理判断をしておれば、単なる推定に基づいて、凍結乾燥を必須とする引用例の例二の凍結乾燥前の液状組成物と、引用例の如き凍結乾燥法による酵素試験試薬の問題点を解決するために開発された本願発明の液状酵素組成物を、全く同一の構成からなるものであり、従って両者の安定性も実質的に同一であると推認できるというような、自然法則に適合しない誤った認定をなし得ず、その結果、原判決の右の認定に基づいてなされた「審決の一致点の認定に誤りなはい」との認定も、当然のことながら、なされることもなかったはずである。

よって、原判決は、原告の判決に影響を及ぼすべき重要なる主張事項につき、判断を遺脱し、かつ引用例の作用効果に関係する唯一の証拠方法を採用しなかった違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

上告理由第二点について

一、原判決は、第一四丁表第八行~第一五丁第一〇行において、「トリエタノールアミン塩酸塩は、PH七.六の液状組成物中においてはトリエタノールアミンとして存在する」との認定を理論的に正当であると認定し、その上で「トリエタノールアミンは塩基とアルコールの両反応を示すこと、及び、トリエタノールアミンの用途の一つとして「カゼイン用の溶媒」が挙げられていることが認められるところ、本願公報(第七欄第四一行ないし第四四行)にはその要旨とする有機溶剤としてアルコール類等の極性有機溶剤が有用である旨が記載されていることは前記のとおりであり、また、カゼインは蛋白質の一種であるが、酵素も蛋白質の一種にほかならないことを考慮すれば、引用例記載の発明において、トリエタノールアミンが有機緩衝剤としてのみ使用され有機溶剤として使用されていないと解しなければならない理由は存しない」として、審決の一致点の認定に誤りはないとし、この認定に基づいて、原判決第一七丁裏第四~七行において、「本願第一発明は引用例に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない」と結論づけている。

しかしながら、原判決の右の認定は、原判決挙示の証拠に照らして、到底正当と是認することができない、単なる推定に基づくものであり、採証の法則に違背するものである。

二、原判決における右の認定は、凍結乾燥による酵素試験試薬の製造法に関する引用例の例二で使用される、固体の「トリエタノールアミン塩酸塩」を、酵素の有機溶剤という特異な用途に関連づけるためになされたものであるが、この認定の過程を項分けして記載すると次のようになる。

<1> トリエタノールアミン塩酸塩は、PH七.六の液状組成物中においてはトリエタノールアミンとして存在する。

<2> トリエタノールアミンは塩基とアルコールの両反応を示す。

<3> トリエタノールアミンの用途の一つとして「カゼイン用の溶剤」がある。

<4> 本願公報には、有機溶剤としてアルコール類等の極性有機溶剤が有用である旨の記載がある。

<5> カゼインは蛋白質の一種である。

<6> 酵素も蛋白質の一種であることを考慮すれば、引用例記載の発明におて、トリエタノールアミンが有機緩衝剤としのみ使用され有機溶剤として使用されていないと解しなければならない理由は存しない。

三、原判決における前記<1>から<6>に至る理論の展開は不明瞭であり、読み取り難いものであるが、一応、次のような趣旨と考えられる。

A トリエタノールアミン塩酸塩は、PH七.六の液状組成物中においてはトリエタノールアミンとして存在する。

B このトリエタノールアミンは塩基とアルコールの両反応を示すから、本願公報に有機溶剤として記載されるアルコール類等と同様のものと考えることができる。

C トリエタノールアミンの用途の一つとして「カゼイン用の溶剤」があるが、このカゼインは蛋白質の一種である。

D 酵素は蛋白質の一種であるので、蛋白質である「カゼイン」に使用できる溶剤は、「酵素」にも使用できると考えてもよい。

四、そこで、前記A~Dの各項について、引用例の記載とどのように関連するか、また、原判決において挙示された証拠から、その認定が是認できるか否かについて検討すると次の通りとなる。

〔Aについて〕

(1) 引用例では、固体物質であるトリエタノールアミン塩酸塩が、固体物質である酵素等と共に、大量の水で希釈され、PH七.六の液状組成物に調製されている。

(2) このような液状組成物において、トリエタノールアミン塩酸塩がどのような状態で存在するかは、トリエタノールアミン塩酸塩の解離定数、液状組成物の液温、及びトリエタノールアミン塩酸塩又はその解離により生じた成分が他の成分とどのように作用するかというようなことを全て知った上で、正しく解析されなければ知ることはできず、かかる化学法則(自然法則の一つ)に係わる問題は、定理、定説または証明が存在しない処で、推定が許される性質のものではない。

なお、原判決は、「トリエタノールアミン塩酸塩を水に溶解したとき、生じたトリエタノールアンモニウムイオンの一部がトリエタノールアミンを生成する可能性あることは、原告も認めるところである」(原判決第一四丁裏第一~四行)として、原告が引用例の例二の液状組成物において「トリエノアールアミン」が生成していることを認めたかのに認定されるが、原告は、トリエタノールアミン塩酸塩を、水に溶解した場合、生じたトリエタノールアンモニウムイオンの一部が、苛性ソーダの添加により、トリエタノールアミンになる可能性は否定しないが、引用例の例二の液状組成物においてトリエタノールアミン塩酸塩がどのような状態で存在するかは、前述の如く、トリエタノールアミン塩酸塩の解離定数、溶液温度などの全て勘案しなければ、特定できないと主張しているものであり〔平成一年一二月一一日付原告準備書面(第四)第二頁参照〕、引用例の例二における液状組成物におけるトリエタノールアミンの存在について蓋然性を認めたものでなはい。

(3) しかし、原判決においては、トリエタノールアミン塩酸塩の解離定数や他の成分との関係等について触れることなく、トリエタノールアミン塩酸塩及びトリエタノールアミンに関する具体的な記載が全く存在しない証拠方法である、乙第一号証(西垣貞男著「調剤学」株式会社南山堂発行)第二一一頁、及び、乙第二号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典1」共立出版株式会社発行)第三一二頁に基づいて、「トリエタノールアミン塩酸塩は、PH七.六の液状組成物中においてはトリエタノールアミンとして存在する」との認定をしている。

(4) アミン類といっても、その種類によって、解離定数(pKa値)が異なることは、当業者にとって周知のことであり、乙第二号証の第三一二頁左欄の表に例示されるアミン類でも、その値は(Cll3)2Nllの三.二二からo-NO2C6ll4Nll2の一三.八二まで非常に異なる値を示すものであり、この値は温度によっても著しく異なる。

(5) 原判決の右の認定は、トリエタノールアミン塩酸塩に関する事実に関係のない証拠方法に基づく、単なる推定によるものであり、未だ証明されていない事実認定である。

〔Bについて〕

(1) 原判決は、トリエタノールアミンが塩基とアルコールの両反応を示すということから、本願発明で使用されるアルコール類に含まれるかのような認定をし、その結果トリエタノールアミンを本願発明における有機溶剤の一種であると認定しようとしている。

(2) しかし、アルコール類とは、共立出版株式会社昭和三八年七月一日発行の化学大辞典第一巻(甲第一〇号証)第三九五~三九八頁のアルコールの項に示されるように「炭化水素の水素原子を水酸基で置換した化合物で、一般式R-OHで表されるもの」であり、窒素原子を含むトリエタノールアミンがこのようなアルコール類に含まれるものではない。このことは、被上告人(被告)がトリエタノールアミンの説明のために、アルコール類に関する資料ではなく、アミン類に関する資料(乙第二号証)を証拠方法として提出していることからも明らかである。

(3) 従って、原判決におけるBに関する認定も、確立した証拠に基づかない、化学常識に反する不当な推定に基づくものである。

〔Cについて〕

(1) トリエタノールアミンの用途の一つとして「カゼイン用の溶剤」があること、及び、カゼインが蛋白質の一種であることは、争わない。

(2) しかし、 「カゼイン」は本願発明とも引用例記載の発明とも全く関係のない物質であり、Cの事実は、原判決における事実認定に関係のないものといえる。

〔Dについて〕

(1) 原判決は、トリエタノールアミンの用途の一つとして「カゼイン用の溶剤」があることを取り上げて、この記載からトリエタノールアミンが酵素の溶剤に使用できると結論づけようとしている。

(2) 酵素は確かに蛋白質の一種である。しかし、酵素、特に本願発明や引用例において使用されるレービル酵素は、生体反応における触媒として働く非常に活性な物質であり、水中で安定に保存できないため、凍結乾燥などが必要とされるものである。

(3) これに対して、カゼインは牛乳などに含まれる蛋白質で、水中でも安定に存在するものであり、接着剤、乳化剤などとしても広く使用されることは当業者にとって周知のことである〔株式会社朝倉書店昭和四六年六月三〇日発行の「高分子辞典」(甲第一一号証)第一一五頁参照)。

(4) 一般に、溶剤は溶質の性質に応じて慎重に選ばれなければならないことは技術常識であり〔共立出版株式会社昭和三九年三月一五日発行の「化学大辞典」第九巻(甲第一二号証)第四三七頁参照〕、「カゼイン」と「酵素」という構造及び機能いずれにおいても著しく異なる物質において、単に両者が蛋白質であるというだけで、他に何の証拠もなく、「カゼイン」に使用できる溶剤は直ちに「酵素」にも使用できるのが当然であるというような認定をすることは、自然法則に反する無謀なものである。

(5) 原判決におけるDの認定も、本願発明において問題とされる、「酵素」と関係のない事実に基づく、単なる推定に基づく違法なものである。

五、以上の通り、原判決における前記A~Dの認定は、いずれも、「トリエタノールアミン塩酸塩」を固体の状態で酵素等と配合使用して、凍結乾燥法により酵素試験試薬を製造するという引用例の例二の記載とは関係なく飛躍してなされたものであり、しかも、原判決におけるAからDに至る理論の展開には、何ら認定事実を立証しうる証拠は挙示されておらず、単なる推定によるものである。

よって、前記A~Dの認定は、原判決において挙示された証拠からは認定事実を到底是認することができない、確立した証拠に基づかない、単なる推定に基づく認定であり、自然法則および採証の法則に違背するものである。

六、しかるに、原判決においては、このような前記A~Dの認定に基づいて、「審決の一致点の認定に誤りなない」と認定し(原判決第一五丁裏第九~一〇行)、その結果、引用例の例二における「凍結乾燥の後処理を施す前の溶液が基本的は構成において本願第一発明の構成と全く同一であると解すべきこと審決認定のとおりである以上、引用例に記載されている(凍結乾燥の後処理を施す前の)酵素試験試薬も本願第一発明の液状酵素試験組成物と実質的に同一の安定性を有するものと推認することは十分な理由があるというべきであって・・・」(原判決第一六丁裏第二~八行)として、引用例の例二の凍結乾燥前の液状組成物と本願発明の組成物が基本的に同一の構成をとると結論づけ、「本願第一発明は引用例に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない」として、原告の請求を棄却するとの判決をしているものである。

七、前述の如く、引用例の記載から飛躍して展開された、立証のない、単なる推定に基づく前記A~Dの認定は誤っており、一方、引用例の例二で使用される「トリエタノールアミン塩酸塩」は室温で固体の物質であり、凍結乾燥法による酵素試験試薬の製法において、固体の状態で酵素と調合使用されているということが、正しく認定されていたならば、酵素に「室温で液体である非反応性の有機溶剤」を作用させ、液状組成物の状態で数年という単位で安定に貯蔵可能とする本願発明の組成物と、液状で安定に保存できないため、凍結乾燥によらなければならないとする引用例の例二記載の凍結乾燥前の非常に短期間しか酵素活性を安定に保ち得ない液状組成物の構成が実質的に同一であるなどという結論には達し得なかったものであり、「審決の一致点に関する認定は誤りである」として審決は取消されるべきものであった。

よって、原判決は、原判決挙示の証拠からは認定事実を是認し得る確立した証拠方法によることなく、単なる推定に基づく認定に基づいてなされた、採証の法則の違背があり、これが原判決に影響を及ぼすこと明らかである。

〔上告理由第三点について〕

一、原告は、トリエタノールアミンは、酵素試験試薬においては、有機溶剤として使用されるものではなく、緩衝剤として使用されることを立証するために甲第七号証(特開昭五一-一三〇五二一号公報)を提出した。

しかし、原判決は、成立に争いのない書証(甲第七号証)に原判決における認定事実と相容れない記載があるにもかかわらず、これを顧慮せず、判断の資料としていないのは、採証の法則に違背するものである。

二、甲第七号証は、酵素試薬の一種である「還元されたβ-ニコチンアミド-アデニン-ジヌクレオチドを含む試薬」の安定化に関するものであり、その第五頁右上欄には、

「特に該当する有機溶剤は単独のアルコール(例えば、メタノール、エチレングリコール)又はアルコール類の混合物である。

さらに、有機溶剤は、例えば有機緩衝剤または有機還元性物質のような、付加的な添加剤を含有することができる。有機緩衝剤としては、トリスー緩衝剤〔トリス-(ヒドロキシメチル)-アミノメタン〕またはトリエタノールアミンが特に適している。」

と記載される。即ち、酵素試薬において、トリエタノールアミンは、有機溶剤としてではなく、有機緩衝剤として使用されることが、甲第七号証において明らかにされているのである。

三、原告は、「塩基性の強いトリエタノールアミンは、生化学試薬において、緩衝剤として使用されることはあっても、溶剤として使用されるものではない」という事実を示すために甲第七号証を提出しているものであり〔平成二年一月一九日付原告準備書面(第五)第三頁第四行~第四頁第四行参照)、かかる事実が当業者にとって周知であることは、例えば、株式会社南江堂一九八八年一一月二〇日発行の「蛋白質・酵素の基礎実験法」(甲第八号証)第四三四頁の表Ⅶ・3に代表的な緩衝液として「トリエタノールアミン・塩酸塩」が例示されること、及び株式会社東京化学同人一九七五年九月二五日発行の「生化学実験講座5」酵素研究法(下)(甲第九号証)の第六七三頁に「割合にひんぱんに使用される緩衝液」として「トリエタノールアミン」が例示され、更に同甲第九号証の第六七四頁に「トリエタノールアミン(pKa=七.八六)などはPH8付近では大変すぐれた緩衝液であるが・・・」と記載され、また第六七九頁に代表的な緩衝液として二六番目に「トリエタノールアミン・塩酸-水酸化ナトリウム緩衝液(PH六.八~八.六)」との例示が認められることからも明らかである。なお、引用例の例二の液状組成物のPH七.六は、「トリエタノールアミン・塩酸塩」が緩衝液として効果を発揮するとして示されるPH六.八~八.六の範囲に正しく含まれるものである。

四、原判決は、このような甲第七号証から認められる事実を理由に示さず、甲第七号証に酵素試薬における使用目的の異なる物質として掲げられる「アルコール類」(有機溶剤として例示される)と「トリエタノールアミン」(緩衝剤として例示)を、トリエタノールアミンが塩基とアルコールの両反応を示すという事実に基づいて、同類の物質であるかのように誤って認定し、しかも、本願発明とも引用例とも全く関係のない物質である「カゼイン」の溶剤として「トリエタノールアミン」が使用可能であることを取り上げて、単なる推定に基づいて「引用例記載の発明において、トリエタノールアミンが有機緩衝剤としてのみ使用され有機溶剤として使用されていないと解しなければならない理由は存しない」と、甲第七号証の記載とは矛盾する認定をしている(原判決第一五頁表第五行~同頁裏第七行参照)。

五、なお、このような原判決の認定は、引用例には、有機溶剤の使用に関する記載は一切存在せず、しかも引用例における酵素試験試薬の製造に必要な成分として緩衝剤すなわち「緩衝物質」が含まれることが、重ねて記載され(甲第二号証の第一欄第二九~三〇行、第三欄第二行及び第四欄第六行参照)、しかも、甲第二号証の第三欄第三〇~三四行には、「緩衝物質の例は・・生化学反応の際に普通に使用される有機化合物である」と記載されているといことをも無視してなされたものである。

六、このように、原判決では、確立した証拠に基づかない、単なる推定に基づいて、酵素試験試薬において、「トリエタノールアミン」はアルコール類と同様に有機溶剤として使用されうると認定しているものであるが、成立に争いのない甲第七号証には酵素試薬において「アルコール類」は有機溶剤として使用されるが、「トリエタノールアミン」は緩衝剤として使用される記載されるものであり、かかる甲第七号証の記載は、原判決における右の認定事実と相容れない記載であるにもかかわらず、原判決では、これについてなんら顧慮せず甲第七号証を判断の資料とせず、単なる推定に基づいて、右の認定をしていることは、採証の法則に違背することである。

七、原判決において甲第七号証を判断したとすれば、「トリエタノールアミン」が「アルコール類」に含まれるものではなく、また、酵素試薬においては「アルコール類」のように有機溶剤として使用されるのではなく、「緩衝剤」として使用されることが明らかとなり、引用例における「トリエタノールアミン塩酸塩」が引用例において酵素試験試薬に必要な成分の一種である「緩衝物質」として使用されており、溶剤として使用されているものでないことは容易に認識できることであり、従って、原判決における、右のような甲第七号証の記載と矛盾する認定がなされるはずはなく、原判決の右の認定に基づいてなされた「審決の一致点の認定に誤りなはい」との認定も、当然のことながら、なされることもなかったはずである。

その結果、「審決の一致点の認定に誤りがあること」が明らかとなり、審決は取消されることとなるのであるから、原判決において、甲第七号証には、原判決における認定事実と相容れない記載があるにもかかわらず、これについてなんら顧慮せず判断の資料としていないのは、採証の法則に違背することであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

以上の通り、原判決には、上告理由第一点、第二点及び第三点の違法があり、これらが原判決に影響を及ぼしたことは明らかであるので、原判決は破棄を免れないものである。

以上

(添付書類省略)

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